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漆黒のゴシック、その荘厳にして耽美なる響きの誘惑


1.ゴシック・メタルの誕生

HR/HMの世界に「ゴシック」という言葉が頻繁に登場するようになってから十年以上の歳月が流れ、「ゴシック・メタル」というジャンルは既に確立されたジャンルとして認知されている。欧州ではもはやHR/HMのメインストリームの一角に食い込み、HIMやWITHIN TEMPTATIONを筆頭に、いくつかのバンドはヒット・チャートの上位に食い込むほどの人気を誇っている。日本でも、欧州ほどの人気はないものの、熱心なマニアに支えられ、根強い支持を得ているジャンルである。

ゴシック・メタルのパイオニアとして重要なバンドがイギリスを代表する工業都市バーミンガム出身のPARADISE LOSTである。彼らが名盤「ICON」、「DRACONIAN TIMES」で確立した音楽性こそが後続に対するひとつの指針となり、欧州におけるゴシック・メタル・ブームに先鞭をつける形となった。

そんなゴシック・メタルの「元祖」といえる彼らではあるが、デビュー当時はデス・メタル以外の何物でもない音楽プレイしていた。ミルトンの名作文学「失楽園」に着想を得たバンド名や、歌詞世界において、猟奇趣味や安っぽいサタニズムを打ち出したフロリダ出身の典型的なデス・メタル・バンドとは異なる、後の音楽性につながる美学を感じさせてはいたものの、デビュー作「LOST PARADISE」の段階においては、音楽性の面において特筆すべきものはないと言ってよい。

しかし、続くセカンド・アルバム、その名も「GOTHIC」(1991年リリース)で彼らは飛躍的な変化を遂げた。基本的には前作の延長線上にあるデス・メタル然としたサウンドながら、女性コーラスや荘厳なオーケストラ・サウンドを随所に挿入した(いささか唐突で切り貼り感は拭えなかったものの)その個性的なサウンドを、評論家は「ゴシック・メタル」と呼んだ。新しいジャンルが誕生した瞬間である。

古巣「Peaceville」レーベルを離れ、メタル・インディー大手「Music For Nations」に移籍して1992年にリリースされた「SHADES OF GOD」は、前作の方向性を押し進めた力作で、欧州を中心に高い支持を得た。そしてついにデス声を捨てた次作「ICON」によってスタイルとしての「ゴシック・メタル」は完成する。続く「DRACONIAN TIMES」(1995年リリース)は欧州だけで100万枚以上のセールスを記録する大ヒット作となった。

PARADISE LOSTの成功に刺激を受け、かつて彼らが所属していた「Peaceville」から、MY DYING BRIDEやANATHEMAといったバンドが次々とゴシック的なアプローチの作品を発表。それに加えてTIAMATやSENTENCEDのような(主に北欧出身の)デス・メタルからの転向組が次々とシーンに参入、フォロワーが続々と登場することによってゴシック・メタルの「シーン」と呼べるものが形成されていった。

中でも欧州における人気の拡大に大きく貢献したのは、THEATER OF TRAGEDYやTHE GATHERINGといった、魅力的な女性ヴォーカルを擁したバンドの登場である。正統派からスラッシュ/デスにいたるまで、ほぼ男性によって占有されてきたHR/HMの世界であったが、耽美的かつ叙情的なゴシックの世界観には、女性もフィットすることができた。むろん男性は美しい女性が好きだし、女性にとっても同性のメンバーがいるバンドのほうが親近感を持ちやすい。ゴシック・メタルはこうして欧州では確固たる勢力を築き上げていくことになった。


参考作品

PARADISE LOST / GOTHIC

ゴシック・メタルというジャンルを創った一枚。デス・メタルに女声コーラスとオーケストラ・サウンドによる荘厳な響きを導入した革新的な作品。

PARADISE LOST / ICON

デス声を捨て、スタイルとしての「ゴシック・メタル」を完成させた、ゴシック・メタルの教科書と呼ぶべき一枚。耽美的なメロディとドラマティックな展開がなんとも美しい。

MY DYING BRIDE / TURN LOOSE THE SWANS

PARADISE LOSTを輩出した「Peaceville」所属のドゥーム・メタル・バンド。やはりクラシカルな要素を取り入れることで、ゴシック・メタルへと歩み寄った一枚。超陰鬱な曲調がマニアの間で話題になった。

ANATHEMA / ETERNITY

こちらもPARADISE LOSTを輩出した「Peaceville」出身のバンド。前作「SILENT ENIGMA」で既にクラシカルなゴシック・メタルとしてスタイルを確立していたが、ここではプログレッシヴ・ロックに接近してさらにメロディアスな世界へ。

TIAMAT / A DEEPER KIND OF SLUMBER

もともとはやはりデス・メタル・バンドであったが、前作よりPINK FLOYD的な幻想的なメロディを導入。本作ではさらにその方向性が押し進められ、ニューウェーブ的なアレンジや、エスニックな旋律の導入によって独自の耽美的な暗黒世界を築きあげている。

SENTENCED / DOWN

北欧メロディック・デス・メタルの代表格と見られていた彼らも、前作EPよりゴシック的な要素を導入、Voを普通声のヴィレ・レイヒアラに交代した本作では、「ゴシック・メタルになってしまった」と日本のメロデス・ファンを嘆かせた。この後、単なるゴシックの枠には収まらない独自の絶望音楽へと深化していく。

THEATRE OF TRAGEDY / AEGIS

THE 3RD AND THE MORTALと並ぶ、女声Voを取り入れたゴシック・メタルの先駆。全ての楽曲にギリシャ神話の女神の名前を冠し、女声Voとデス声によって美と醜のコントラストを見事に描き出した本作は、女声Voを導入したゴシック・メタルの完成型と言っていいだろう。

THE GATHERING / NIGHTTIME BIRDS

女性Vo、アネク・ヴァン・ガースバーゲン加入後2作目。すっかりデス・メタル時代の面影は影を潜め、さながら伝説のゴシック・バンドALL ABOUT EVEの如き美的なゴシック・サウンドを展開。母国オランダを中心に高い支持を得た。

LACRIMOSA / ELODIA
スイス出身のゴシック・ユニット。もともとはニューウェーブ系の音楽性であったが、ゴシック・メタルの台頭に刺激され、メタル化。欧州のゴシック・ファンの間では絶大な人気を誇り、本作ではなんとロンドン・シンフォニー・オーケストラと全面的にコラボレートした豪華な作品となっている。

 

2.メジャー音楽シーンにおけるゴシックの台頭

そうした欧州のゴシック・メタル勢とは別の流れで、アメリカではTYPE O' NEGATIVEやDANZIGといったダークでゴシック的なイメージを打ち出したバンドが一部で支持されていた。特にゴシック的なイメージと相性のいいサウンドといわれるインダストリアル系、NINE INCH NAILSおよびNINのトレント・レズナーがプロデュースして送り出した「世紀末のロック・アイコン」MARILYN MANSONのブレイクは、「ゴス」という言葉の知名度を世界的に向上させることに大きな役割を果たした。

これらアメリカにおける「ゴス」の勢力と欧州のゴシック・メタル・バンド群の音楽的ルーツは必ずしも同一ではないが、MARILYN MANSONの世界的な人気によって、ゴシックというワードに対する認知・関心が増大したことが、欧州のゴシック・メタル勢にとっても追い風になったという側面は確実にあったと思われる。

いずれにせよ、こうしたゴシック・メタルや、アメリカのゴス・バンドが人気を得るにつれ、必ずしもデス・メタルやインダストリアルの出自を持たないバンドも、ゴシック的なイメージを取り入れて人気を博するようになった。元々はR&Rバンドだったフィンランド出身のTHE 69 EYESや、音はそれなりにハードで、自ら「LOVE METAL」とメタルを謳ってはいるものの、伝統的なHR/HMのそれとはやや異なるサウンドの質感を持つ、やはりフィンランド出身のHIMなどはそうしたバンドの典型である。

こうして徐々に認知を拡大してきたゴシック・メタル的なサウンドが一躍メジャーに躍り出るきっかけとなったのが、EVANESCENCEのブレイクである。2003年にリリースされて大ヒットした彼らのデビュー・アルバム「FALLEN」における、ダークでヘヴィなサウンドに乗せて女性ヴォーカルがクラシカルな旋律を歌うその音楽性は、ヘヴィさの質感こそアメリカのヘヴィ・ロック/NU METAL的なものであったが、それでもなお日本のメタル・ファンに「こりゃゴシック・メタルじゃん」と思わせるものであった。

EVANESCENCEのVoであるエイミー・リーが、ゴシック的なイメージのメイクや衣装を身につけていたことによって、ゴシックはファッション的な面でも注目を集めた。それまでゴシック的なファッションといえば単なる黒服だったし、日本ではヴィジュアル系ロック・バンド(これも日本独自のゴシック解釈である)の熱心なファンが着ているアリス・アウアアやh.NAOTO、マリズロックなどのマイナーなブランドが知られていた程度だったが、彼らのブレイク直後、アナ・スイなどメジャーなアパレルブランドにおいてもゴシック的なデザインが取り入れられ、その手のブランドのショップも増えた。

実際の彼女は必ずしもゴシック・カルチャーについて深い素養があったわけではなく、単純にファッションとしていわゆるゴシック的なイメージを好んでいたようであるが(本人は必ずしもその手のファッションが似合うとは思えない健康優良児体型の女性だったが)、いずれにせよ、ゴシックなイメージの一般レベルにおける人気拡大に彼らの果たした役割は小さくない。

やはりアメリカのバンドがブレイクすると強い。なにしろ、EVANESCENCEのブレイク後、イタリアのLACUNA COILのような、いわゆる「ゴシック・メタル」を出自とする欧州のバンドまでがアメリカで受け容れられ始めたのである。この状況に乗じてHIMやWITHIN TEMPTATIONといったヨーロッパで大人気のゴシック・バンド群が2005年、次々とアメリカ上陸を果たした。2006年はゴシックがメジャーな音楽シーンにおいてひとつのジャンルとして認知を確立するか、一過性のトレンド、あるいは欧州ローカルのサブジャンルに終わるか、ひとつの分水嶺になる年となるだろう。


参考作品

MARILYN MANSON / ANTICHRIST SUPERSTAR

90年代屈指のロック・アイコン、マリリン・マンソンの出世作。音楽的にゴシックな要素は薄いが、元々ロック雑誌の編集者であった彼は、その豊富な音楽的知識によってポスト・パンク期のゴシック・ロックと、BLACK SABBATHやALICE COOPER、W.A.S.P.といったサタニックなHR/HMバンドのイメージを融合、新しいアメリカン・ゴシックのイメージを作り上げた。


NINE INCH NAILS / FRAGILE

マリリン・マンソンを世に送り出したトレント・レズナーのインダストリアル・プロジェクト。マリリン・マンソンのブレイク後に成立したアメリカン・ゴシックのサウンド・イメージは彼の作り出したインダストリアル・サウンドが醸し出す暗く退廃的なムードだった。ふと気付くと、ゴシック的なイメージを持ったインダストリアル・ユニットが世にあふれていたが、オリジネイターは彼。

TYPE O'NEGATIVE / BLOODY KISSES

「PLAYGIRL」誌でヌードを披露し、セックス・シンボルとしても高い人気を得たピーター・スティールを中心としたバンド。出自であるハードコア的な質感を残しつつも、キーボードを効果的に使用することによって耽美的なムードをうまく演出することに成功、アメリカでゴールド・ディスクに輝き、ヨーロッパでも高い支持を得た。1993年作。

DANZIG / LUCIFUGE

元MISFITSの孤高のナルシスト、グレン・ダンジグ(Vo)率いるバンドの2作目。ヨーロッパのそれとは異なり、DOORS的なムードを発展させ、ハードコアと融合することで独自のゴシック・サウンドを確立。TYPE O'NEGATIVEにも強い影響を与えた。アメリカン・ゴシックの裏名盤。1990年作。

EVANESCENCE / FALLEN

90年代ヘヴィ・ロック+QUEENSRYCHEやSCORPIONSのような正統派HR/HMをベースにビョークやトーリ・エイモスといった神秘的な女性ヴォーカルからの影響を加えて誕生した新しいゴシック・メタル。全世界で1400万枚という爆発的なヒットを記録した。ゴシック・メタルの作り方はひとつではない、という好例?

HIM / RAZORBLADE ROMANCE

カリスマ、ヴィレ・ヴァロー(Vo)を擁し「LOVE METAL」を標榜するフィンランド出身バンドの2作目。シングル「Join Me To Death」がヨーロッパ全土で大ヒット、ドイツのチャートをも制し、一気にゴシック・シーンを代表する人気バンドになる。彼らのブレイク後、ヨーロッパでゴシック・ファンの女の子が急激に増えた。

WITHIN TEMPTATION / MOTHER EARTH

母国オランダでは1年以上に渡ってトップ10にランクされていたモンスター・ヒット・アルバム。もはやゴシックという言葉のもつアンダーグラウンド臭はほとんどなく、「癒し」すら感じさせるメロディアスかつ壮大な作品。メジャー感では随一。

THE 69 EYES / BLESSED BE

90年のデビュー当時は、GUNS N' ROSESを思わせるダーティなロックン・ロール・バンドだったが、ふと日本再デビューしてみればすっかりゴシックなイメージに変貌。Voであるユルキィのイメージがまたこの路線にピッタリで、ゴシック・ブームはまさに彼にとって「波が来た」という感じだったろう。かすかに残っているR&R感覚がカッコいい。

THE RASMUS / DEAD LETTERS

こちらもデビュー当初は一介のオルタナティヴ系ロック・バンドだったが、だんだん暗さと哀愁を増していった結果、いつのまにやらゴシック・ファンにも支持されるように。キャッチーな哀愁のメロディがとにかくいい。幅広いロック・ファンにオススメできる音。

 

3.そもそもゴシックとは

これまで何の疑問もなく「ゴシック」という言葉を使用してきたが、一般的なロック・ファンにとって「ゴシック」という言葉から想起されるイメージはせいぜい「黒」「荘厳」「耽美」といった程度のものではないだろうか。むろん、この程度の認識でも決して間違いではないし、音楽を聴くにあたって何の問題もない。しかし、ゴシック・メタルのファンを名乗るのであれば、「ゴシック」という言葉の歴史的・本来的な意味を知っておくことも悪くはないだろう。

「ゴシック=GOTHIC」とは、もともと「ゴート(Goth)人の」という意味を表す形容詞である。ゴート人とは、古代ゲルマン人(イギリスやドイツ、スウェーデン人などの祖先)の一派で、ローマ帝国に一番早く侵入した部族として知られている。(西)ローマ帝国滅亡後の時代を「中世ヨーロッパ」と呼ぶわけだが、この時代の中心となったのがゲルマン民族であった。

基本的に中世ヨーロッパとは「キリスト教の時代」であり、キリスト教的でない文化は異端として迫害される窮屈な時代であった(中世のことを「暗黒時代」と呼ぶことがあるのは、このためである)。15世紀にルネッサンス(文芸復興運動)が起こり、キリスト教普及以前のギリシャ・ローマ文化の再評価が盛んになると、アントニオ・フィラレーテやジョルジョ・ヴァザーリといったイタリアの古典学者が、自分たちの前の世代である中世の文化を野蛮で粗野なものと貶めるために(さながら90年代に登場したオルタナティヴ・バンドが、80年代のメタル・バンドを貶めたように)、「蛮族風の」という意味で「ゴート人の=GOTHIC」という表現を用いたのがそもそもの始まりである。

したがってゴシックとは、実際のゴート人の文化というわけではなく、さらには中世全般の文化に対する呼称ですらなく、単にルネッサンスの文化が取って代わったその直前の時代、13〜14世紀の約200年間の文化に対して付けられた呼び名である。

ちなみにその「ゴシック」と呼ばれた文化について少しだけ述べておくと、もともとは建築様式から始まったものであり、フランス・パリのノートルダム寺院や、ドイツのケルン大聖堂などが有名。その建築の特色としては、高い尖塔、尖頭アーチ、大きな窓にステンドグラス、細い柱などが挙げられる。その他、絵画や音楽など、ゴシックという言葉が適用される文化は幅広いが、現代人にとって最もポピュラーなのはこの時期に生み出された書体、すなわち「ゴシック体」であろう。

以上の経緯からもわかるとおり、「ゴシック」とはもともと中傷的なニュアンスを持つ「蔑称」である。ルネッサンス期以降しばらく古代ギリシャ・ローマの文化が理想とされたため、中世の文化には不当に低い評価が与えられてきた。中世の文化が再評価され、「ゴシック」という言葉から差別的なニュアンスが消えたのは、18世紀末以降、ゴシック風の建築を舞台にした幻想的な小説(ゴシック小説:一番有名なものはブラム・ストーカーの「ドラキュラ」か)が流行し、中世趣味が広まってからのことである。

そしてその中世趣味(=ゴシック趣味)は19世紀から20世紀を経て21世紀の現代に至るまで(多少の浮き沈みはあれど)脈々とヨーロッパの地に一種のサブカルチャーとして存在し続けてきた。ゴシック・メタルもまた、その2世紀以上に渡る「ゴシック・カルチャー」の系譜に連なる音楽であることは間違いない。

 

4.ロックにおけるゴシック表現

前章で述べたように、ヨーロッパにおいては長い歴史と確固たる土壌を持つ「ゴシック」という表現がロックに対して使用されたのは、ゴシック・メタルが初めてではない。かつて80年代の前半、SEX PISTOLSによるパンク革命後のイギリスに、「ゴシック」と呼ばれるロックが存在した。その代表格のひとつがSISTERS OF MERCYであり、PARADISE LOSTが名盤の誉れ高い「DRACONIAN TIMES」において彼らの「Walk Away」をカヴァーしたのも、いわゆる「ゴシックの先達」に対する敬意の表現だろう。

ゴシック・ロックを生んだのは、SEX PISTOLSによるパンク革命後に興ったポスト・パンクの動き(広義のニューウェーブ・ムーヴメント)だった。ポスト・パンクのバンドたちによる表現の方法論は多岐に渡ったが、そのひとつの流れであった「ネオ・サイケ」(ダーク・サイケとも呼ばれる)と呼ばれるサウンドがゴシック・ロックのルーツである。

ネオ・サイケとは、60〜70年代のサイケデリック・ロック・バンドの音作りの方法論にインスピレーションを受けて誕生した当時のイギリス独自のロックで、エコーを多用した空間的な音作りによるゆらめくような不思議なサウンドによって、幻想的な音世界を作り出していた。そうした幻想的なサウンドによって彼らは自己の内面に沈み込み、その内省的な心象風景を表現していたのがネオ・サイケと呼ばれたバンド群である。

そして基本的にキリスト教的な素地のもとに育った彼らヨーロッパの人間が内面に向かい合ったときに、どこかで必ず直面する「原罪」の意識、すなわちヨーロッパ人の抱える闇、それを表現したロックこそがゴシック・ロックだった。BAUHAUSやTHE CUREなどがその代表格だったが、その存在感のニュアンスが当時の日本に正確に伝わったとは言いがたい。

むしろ、ネオ・サイケの登場後、その代表バンドのひとつであったBAUHAUSの絶大な影響下にある、ハードコア・パンク色の強い「ポジティブ・パンク」というジャンルが日本ではゴシックとして認識されていた。SEX GANG CHILDRENやALIEN SEX FIENDなどに代表されるポジパンとは、ゴシックから知性と耽美性を削ぎ落としたような存在で、いわばゴシックの持つホラー的な反社会性のみを極端な形でカリカチュアライズしたものである。

白塗りメイクをして反キリストや死について歌うポジパンの猟奇的な世界観(奇しくも、これらの要素は90年代に北欧で誕生した「ブラック・メタル」に通じるものである)は、そのインパクトと、インターネット普及以前ならではの情報の偏りによって、日本の80年代サブカルチャー史にゴシックの爪跡を残した。オート・モッドやウィラードといったフォロワーが数多く登場するなど、当時の日本のインディーズ・シーンを賑わし、ALIEN SEX FIENDの来日は写真週刊誌に取り上げられるほどだった。この動きは、確実に後のヴィジュアル系バンド・ブームの苗床になっている。

実際の所、「ゴシック」という言葉はジャンルや音楽性というよりも「ムード」に対してつけられたものであり、ネオ・サイケと呼ばれようと、ポジパンと呼ばれようと、はたまたMETALLICAがカヴァーしたことで有名なKILLING JOKEのようなインダストリアル的なテイストを持つバンドであっても、その音から暗く、荘厳な、あるいはホラー的なニュアンス(すなわち、ゴシック的な雰囲気)が感じ取られれば、そのバンドの音楽は「ゴシック」と呼ばれたのである。

では、こうしたポスト・パンク期のゴシック・サウンドがゴシック・メタルの直接的なルーツと言えるかというと、これがまたそう簡単な話でもないのである。ゴシック・メタルの創始者であるPARADISE LOSTにしてからが、もともとはデス・メタル・バンドだったわけで、少なくともメタル以上にこうしたゴシック・サウンドに影響されていたとは思えない。

実際、「ゴシック・メタル」という言葉のルーツになった彼らの「GOTHIC」アルバムのインスピレーションとなったのは、スラッシュ・メタルに女声コーラスやヴァイオリンを取り入れ、独特の耽美的な暗黒世界を表現していたCELTIC FROSTの名盤、「INTO THE PANDEMONIUM」アルバムだったようで、ポスト・パンクのゴシック・バンドではない。むしろ、彼らの場合、自らが「ゴシック・メタル」としてブレイクした後に、先達であるそうしたバンド群のサウンドを研究し、吸収していった可能性が高い(PARADISE LOSTがその後たどった音楽的な変化を見ても、そういった予想が立つ)。

しかし、直接的な関係性は存在せずとも、ポスト・パンク期のゴシック・ロック・サウンドと、現代のゴシック・メタル、どちらも醸し出されるムードは同一であることから、こういった暗い世界観(ゴシックな雰囲気)を好む精神的風土(キリスト教的な「罪」の意識に基づく「心の闇」)がヨーロッパ人の間で確実に存在することは感じ取れよう。


参考作品

SISTERS OF MERCY / FIRST AND LAST AND ALWAYS

キング・オブ・ゴシックと呼ばれるシスターズのデビュー作にして最高傑作。ネオ・サイケ由来の暗い耽美性に、ある意味ヘヴィ・メタル的とも言える荘厳な構築美を加えることで誕生したゴシック・ロックの金字塔。PARADISE LOSTがカヴァーした「Walk Away」も収録。ドラムがドラム・マシンによる打ち込みであり、ある意味インダストリアル的な要素を内包していたことも重要なポイント。

BAUHAUS / IN THE FLAT FIELD

シスターズがキングならこちらは神か。ポスト・パンクのネオ・サイケ・バンドたちの中で、一番わかりやすい形で「暗くて耽美的」、というゴシックの世界観を打ち出していたバンド。そのデカダンなグラム・ロック的サウンドはHR/HMとの接点は薄いが、ピーター・マーフィー(Vo)のキャラクターもあって、当時日本でも人気が高かった。

THE CURE / SEVENTEEN SECONDS

後にポップさを増し、アメリカでも大成功を収める彼らだが、この頃の彼らの音はとにかくメランコリックで暗かった。繊細で幽玄なロバート・スミス(Vo)独特の美学が感じられる本作のモノクロームな音世界は唯一無二。ゴシックの大衆化を進め、ゴスをカウンター・カルチャーからポップ・カルチャーに押し上げることに最も貢献したバンドといえる。

SIOUXSIE & THE BANSHEES / JOIN HANDS

元々はSEX PISTOLSの取り巻きで、「パンクの女王」と呼ばれたスージー・スー(Vo)率いるバンドのセカンド。ヨーロッパ人の抱える「原罪」に向き合うかのごとく、宗教的なまでの重苦しさを感じさせる作品。スージーの憎悪と呪詛に満ちたヴォーカルは鬼気迫るものがある。

JOY DIVISION / CLOSER

本作発表の直前、Voのイアン・カーティスは自殺。遺言は「今この瞬間でさえ、最初から死んでいればよかったと思う」。ここまで絶望的な暗さ、ニヒリスティックな負の感情を表に出したバンドは彼らが初めてで、その暗さがゴシック的に読み替えられ、後に元祖ゴシック・バンド的な評価を得た。イアン死後、バンドはNEW ORDERへと発展。


KILLING JOKE / NIGHTTIME

インダストリアル・ロックのルーツとして、(当時としては)過激な音楽をプレイしていた(かのMETALLICAもカヴァーしたほど)彼らが突如いかにもニューウェイブでキャッチーなモダン・ロックに転向。結果としてバンド史上一番売れてしまった一枚。本作収録の「Love Like Blood」はゴシックの雰囲気漂う名曲。

THE CULT / LOVE

ポジティブ・パンクの代表バンドのひとつであったSOUTHERN DEATH CULTがDEATH CULTになり、THE CULTになった。次作ではリック・ルービンのプロデュースによって完全にAC/DCタイプのハード・ロック・バンドになってしまったが、このセカンドではまだゴシックの香りが漂っていた。

THE MISSION / GODS OWN MEDICINE

SISTERS OF MERCYを脱退したウェイン・ハッセイが結成したバンド。ハード・ロック色を強めたシスターズ、というべき音楽性で、一部では叩かれたものの、欧州を中心に高い人気を得た。当時の日本のHR/HMファンでも、名前を知っている人は多いだろう。個人的にも大好きな作品です。


FIELDS OF THE NEPHILIM / DAWNRAZOR

SISTERS OF MERCYの再来と言われたゴシック・バンド。この後アンビエントなホラー映画のサントラ的世界へ移行するが、90年代THE NEPHILIMとしてインダストリアル・メタル化してシーンに復帰。低音Voは濁り気味でデス声っぽいと言えなくもない…かも?

ALL ABOUT EVE / ALL ABOUT EVE

THE MISSONのアルバムに参加して名を挙げた美貌の歌姫、ジュリアンヌ・イーガンをフィーチュアしたゴシック・バンドのデビュー作。かのシンフォニック・プログレバンドRENAISSANCEにも通じる美しきアコースティック・サウンドが個性的。次作ではさらに牧歌的な美しさを追求。1987年作。

 

5.現代ヨーロッパと日本におけるゴシックの温度差

最後に、日本における「ゴシック」の現状と、ゴシックの「本家」たるヨーロッパの状況の「温度差」、そして今後のゴシック・シーンに対する期待と展望について話しておきたい。

日本でも、「ゴシック」のイメージに対する人気は高い。基本的に金髪碧眼の王子様・お姫様に代表されるヨーロッパ的なイメージを美的なもの、と捉える価値観が明治以降の日本には伝統的に存在し、その「ヨーロッパ的なイメージ」を歴史的に確立した「中世ヨーロッパ」という時代のエッセンスを受け継ぐ「ゴシック」に対しても「美」を見出しやすいのだろう。加えて、その暗さ、妖しさが、大衆的な嗜好である「健康的なもの」・「ポップなもの」・「明るいもの」に飽き足らない、あるいは反発を覚えるような人間(主に疎外され、行き場を失った少年少女たち)を惹きつけている。

90年代に人気があった「ヴィジュアル系」というジャンルは間違いなく「ゴシック」の日本的解釈であるし、ヴィジュアル系に括られていたミュージシャンの多くは直接的・間接的に前章で紹介したポスト・パンク期のゴシック・バンドたちから影響を受けていた。

しかし、ゴシック「メタル」に関して言えば、また事情が異なる。このコラムの冒頭にて述べたように、ゴシック・メタルは熱心なマニアによって根強く支持されてはいるものの、商業的には全く成果を上げていない。特に、ゴシック・メタルの代表格と見られていたPARADISE LOSTが来日公演を行なった際の集客が散々だったことから(特にひどかったのが名古屋で、一説には36人しか観客がいなかったとか…)、レコード会社はゴシック・メタルのリリースやプロモーションに対して及び腰になってしまった。

これは、日本における「ゴシック・メタル」が、その世界観ではなく、あくまで「叙情的なメロディを持つメタル」、あるいは「メロディック・デスからの派生型の一種」という、HR/HM的な価値観のもとでしか評価されていないことに原因がある。

日本におけるゴシック・メタルのファンというのは基本的に広義の(メロディック・パワー・メタルからメロディック・デス・メタルを含む)「ヨーロピアン・メタル」のファンと大きく重なっており、彼らは必ずしもゴシックの世界観に心酔しているわけではなく、ゴシック・メタルの持つ「叙情性」や「ドラマ性」を評価しているに過ぎない。

単に「叙情的でドラマティックなメタル」、というのであれば他にいくらでも代替品となるバンドが存在しているし、そうなると基本的にスロー/ミドル・テンポの楽曲を主体としたゴシック・メタルは、少なくとも「ライヴ向き」のメタルとはみなされず、アタマを振り、拳を突き上げたいHR/HMファンはCDで彼らの音楽を鑑賞するにとどまることになる。

その点、ヨーロッパ人はあくまでその世界観によって「ゴシック」に心酔しているので、極端な話、その音楽性はほとんど問われない。そういった意味では、現代の欧州における「ゴシック」の支持のされ方は、かつての日本におけるヴィジュアル系バンドのそれに近い。

嘘だと思うなら、ドイツで発行されているゴシック専門誌「Orkus」を読んでみよう。いや、ドイツ語で書かれているから内容を読むことは普通の日本人には困難なのだが、登場するアーティスト名だけは判読できる。それは、いわゆるゴシック・メタル・バンドの他に、日本におけるジャンル分類ではブラック・メタルにカテゴライズされるようなバンド、そしてインダストリアルからエレポップ的な打ち込み音楽、そして前章で紹介したような、ポスト・パンクの流れを汲むようなバンドまで、幅広い音楽性のアーティストが紹介されている。

私がヨーロッパを旅行した際に現地のCDショップで購入してきたゴシック・オムニバスのCDを聴いてみて驚いたのは、メタリックなサウンドとエレクトロニックな打ち込み音楽が平然と同居していたことである。いや、むしろメタル的な音は例外で、打ち込み系の音が大半を占めていたというのが事実である。現在ではDir An GreyやMoi Dix Moisのような日本のヴィジュアル系アーティストまでが欧州で注目を集め、日本のゴスロリファッションを通販で買い求めるファンまで出現するほど、欧州における「ゴシック・ブーム」は加熱しているようである。これは、日本にいると想像もつかない盛り上がりと言えるだろう。

もともとキリスト教的な素養のない日本人に、ゴシックの本質を理解することは難しい。したがってゴシック・メタルを叙情的でクラシカルなメロディであるとか、劇的な展開であるといった、いわば「音符で表現できる要素」でしか評価できなくても、それは仕方のないことだろうと思う。

しかし、そうした音楽至上主義的な見地からでも、現在のゴシック系のHR/HMバンド群の充実は素晴らしい。商業的な成功が見込めるフィールドには優れた才能が参入し、競争原理によってその才能が磨かれていく。現在の欧州のゴシック・ブームによって登場したバンドが世界的な人気と認知を獲得できるかどうかはアメリカを攻略できるかどうかにかかっているが、とりあえずこれまでイギリスを除くヨーロッパの音楽が、アーティスト単体ではともかく、ムーヴメントとしてアメリカを制した例はない。

そもそも、ゴシックとはあくまでサブカルチャー、いや、抜歯やインプラントといったボディ・マニピュレーションに代表されるグロテスクな側面(ポジパンやマリリン・マンソンはこちらの側面を強調している)を考えるとむしろカウンター・カルチャー(反抗的文化)であり、商業的成功=大衆化を手にすることは、その本質を薄め、骨抜きにすることにつながる。音楽的水準が上がっているとはいえ、現在人気を得ているようなゴシック・メタル・バンドの成功がゴシック・カルチャーへの理解を促進することにつながるとは思えず、むしろ、ゴシック原理主義者にとって彼らはゴシックに対する「誤解」を広める「害悪」ですらあるだろう。

しかし、ゴシック・カルチャー自体に強い思い入れを持たない私としては、英米のアーティストばかりがもてはやされ、大陸ヨーロッパのバンドを聴くことが「マニアック」と見なされる時代に終止符を打つ突破口に一番近い存在として、現在支持を広げている「聴きやすいゴシック(風)・メタル・バンド」たちの成功を期待していたりするのである。(2005年10月記)


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